快獣使いの帰還

IMG_1970年末の25日に帰省した快獣使いがようやく帰ってきた。さまざまなエピソードとともに。

そもそもヤツの帰還予定は、1月24日であった。ところが実家から出るのが遅れ、結局乗りそこねてしまった。LCCなものだから、別便への振替などの便宜はまったく払ってもらえず、みすみす復路のチケットをドブに捨てることになった。二度とLCCは使わない!という決意を固めた。

新しくチケットを買うことになったが、あいにく旧正月前であり、価格が高騰している。本来ナマケモノなヤツは、お正月も実家でごろごろすることにし、新しい帰国日は2月9日ということになった。

さて、その前日だが、御存知の通り関東地方は45年ぶりのドカ雪で機能が麻痺してしまった。翌日(つまり帰還の当日)は良い天気になったが、降り積もった雪で道路がひどいことになっている。シティエアターミナルまで迎えに行くと約束していたが、我が家のある山のてっぺんから下まで降りるのも登るのも自信がない。タイヤチェーンを購入しなければならない。

バスでもよりのオートバックスまででかけ、チェーンを購入した。チェーンなど、大昔、教習所で習ったきりだが、説明書通りにやると、意外と簡単に装着することができた。試運転がてらガスを給油し、ヤツの到着を待った。

例のFlightRaderでトラッキングしていると、成田空港が混雑しているらしく九十九里の沖合で何回も旋回し、30分ほどしてようやく着陸したのを確認した。荷物が出てきて通関が終わるまで1時間くらいかかるだろう、バスで横浜まで90分ほど。頃合いを見計らって迎えに行くつもりだった。

ところが成田は前日から陸の孤島状態になっていた。高速道路は閉鎖されているためにバスは動かず、上野に向かう京成ライナーはなんとか動いているようであるが、成田エクスプレスはやっとの思いで乗り込んでもぴくりともしない。時間だけが進んでいく。

5時間ほど経過した23時過ぎになって、ようやく千葉についたという。千葉から横浜までは通常1時間位だ。こちらは0時半に横浜に到着した。すっかり出払っているタクシーを待つ人の行列ができている。深夜の横浜はタクシーの絶対数が足りない。

待つこと1時間。ようやく東京についたという。久里浜行きの総武線に乗ることができたという連絡があった。

ふと見ると横浜駅のシャッターが降りている!? 久里浜行きって、始発なのか!

やむを得ない、東京駅まで迎えに行くことになった。チェーンを履いたままでは速度が出せない。走行帯の雪はなくなっている。ということで、せっかくのチェーンを外すことになった。

ピックアップして帰宅したのは5時だった。7時には起きて快獣たちの食事を用意しなくてはならない。もちろんお仕事にも行かなくてはならない…。

眠い。

台湾のお葬式はおごそかだゾ

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前月亡くなった台湾の親爺さんのお葬式が執り行なわれた。さすがに行くことができないので、以前から年末年始を向こうで過ごすつもりだった快獣使いだけが列席した。

Google先生に聞くと、台湾のお葬式はたいそう賑やかだそうな。

さすがにこれは極端な例だ。こちらに詳しく書いてあるが、うちもこんな感じだったらしい。

葬儀場は写真の大きな仏教(密教)寺院だった。ここには夏に旅行したときに連れて行かれた。外見はあまりお寺という感じはないが、中は金爛豪華だ。行ったことはないが中尊寺の金色堂に原色のペイントを施したものを想像してもらいたい。式の写真を撮って欲しいと言っては見たが、断られた。そういえば撮影禁止だった。

ふたたびGoogle先生にお尋ねすると、この天祥宝塔禅寺は世界中に分院があり、日本にも分院があった。大阪は門真といえばパナソニックの総本山だ。以前仕事で行ったときに確かにそのそばを通ったはずなのだが、気がつかなかった。


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気づくはずはない、外見は普通のビルだ。しかも裏通りだし。

騒がしい旅立ちだゾ

scoot_logo亡くなった阿公(あごん:じいちゃん)のお葬式と、年末年始をだらだらと1ヶ月間過ごすために、快獣使いが帰省した。これがまた実に騒がしい旅立ちだった。

はなから空港まで車で送り届けてもらうことを期待していたわけだが、こちらも羽田であればさほど遠くないのでやぶさかではなく、そのつもりでいた。ところが、なんと僻地の成田出発だということが前日に発覚した。しかたがないので、バスに乗せるためにYCATまで連れて行った。

そこでも一騒動をおこした。日本円をほとんど使い切っているものだから、バスのチケットを購入できない。お金を貸してくれと頼まれたが、お前さん、絶対に返してくれないじゃないか。

さらにバスに乗るときにも、航空会社がわからない、荷物を1つチケット売り場に置き忘れる、バスに荷物を預けたはいいがそのときに係員に見せたチケットをどこかに仕舞いこんでしまった…。馬鹿としか言い様がない。

そもそも聞いたことがない(失礼)LCCのscootを使うという。LCCなんて、座席は狭い、食事や飲み物も有料、機内エンタテインメントも無いか有料、ボーディングブリッジが使えないので時間がかかる、預入手荷物の重量制限がきつい、チェックインカウンターもどこにあるかわからないといった具合で、素人にはお薦めができない。さあ、どうなることやら。

そうこうしていると、チェックインが済み、ゲートで待機中だという連絡が入った。まぁ、乗り込んでさえしまえば、少なくとも桃園までは行けるだろう。その後は自分の国だし、なんとかするだろう。

IMG_1900やぁ、どうやら出航したみたいだ。もう少しすると晴天の下、富士山を綺麗に見下ろすことができることだろう。どちら側に座っているか知らないが。

おもしろいからFlight Raderというアプリでしばらく追ってみることにした。無料のお試し版だがなかなか使える。

奥三河を飛行ちう
奥三河を飛行ちう
 
四国に突入
四国に突入
 
桜島を左に見て
桜島を左に見て
 
洋上を飛行
洋上を飛行

ここでトラブル発生。スクリーンから機影が消えた。周囲を探したが見つからない。しかたがないので300円でフルバージョンにアップグレードした。

名前が変わった
名前が変わった

どうやらコードシェア便の名前が途中で変わったために、消えたようだ。フルバージョンはフライトナンバーや、航空会社名などで検索することができる。アップグレードする価値があった…ありゃ、また消えた。

おおかたLCCはフライトプランをきちんと出していないとか、いいかげんなのかもしれない。

やっぱり暑いゾ

最高気温更新
最高気温更新

台湾が意外と涼しいという言葉を撤回しなければならない。やはり暑い。8月8日は117年ぶりに、観測史上最高の気温を更新したのだという。39.3°C。

ちょっと待て、39.3°Cなんて、大したことないではないか。日本一暑い!ことを誇っている埼玉県熊谷市は40.9°Cだそうだ。岐阜県多治見市も同じ記録を持っている。歴代の記録を見ても、この程度はランク外である。

平年は最高気温が33°C程度らしい。やはり台湾のほうが日本より暑くないと言えそうだ。

さぁ、夕陽に向かって走るんだ!

淡水
淡水

暇だったのでみにらぢゃないもんと二人で淡水へ。えびらぢゃないもんは自分で薬を付ける気がまったくなく、かさぶたを掻きむしり過ぎて悪化した手足を見てもらうために皮膚科へ行ってしまった。日本では保険証がないと、おちおち病院にもいけないのだが、こちらの制度はどうなっているのろうか。以前聞いたことがあるが、曖昧な答えしか返ってこなかった。

台湾のMRTはいつの間にか延伸していて、現在は10路線にもなっている。中には北投〜新北投のように駅ひとつだけというのもあるが。淡水駅はそのうちの1つ、淡水線の終着駅だ。台湾のほぼ北の端と言っても良い。

台湾MRT路線図
台湾MRT路線図

夕陽が東シナ海に沈み、格好のデートスポットとしても有名だ。カップル率が非常に高い。そろそろ発情期に入っているみにらぢゃないもんは「リア充爆発しろ!」とおかんむりだ。やたらと手を繋ぎたがるので、傍から見たらわれわれもカップルに見えるかもしれない。いや、おっさんが若すぎる娘を連れ歩いているとしか見えないか。

「あ〜! 青春したい!」と言うので、夕陽に向かって走らせようとしたが、その手には乗ってこなかった。

夕陽に向かって走るんだ!
夕陽に向かって走るんだ!
紅毛城
紅毛城

淡水はその昔、スペイン、その後オランダによる城塞が作られていた。これが紅毛城である。鄭成功によってオランダは退けられ、紅毛城は穀物倉庫として使われていたが、やがて鄭成功の乱も収められ清朝の支配下に入った。清朝は台湾の統治を積極的には行わず、紅毛城も荒れ果て忘れ去られた。天津条約によってイギリスが淡水、基隆などを開港させ、紅毛城を領事館として使用し始める。台湾は日本の統治下に入ったが、太平洋戦争が始まるまで総領事館としての機能は続けられた。戦後ふたたびイギリス領事館となり、後をオーストラリア、さらにはアメリカがそれを受け継ぎ、中華民国が断交される1979年までそれが続いた。1980年になって国有化され、国家一級古跡となっている。このように支配者が9カ国に渡るため、9カ国の国旗を掲揚するのだ…と碑文に書いてあった。

紅毛城故事
紅毛城九面旗織故事
紅毛城領事館
紅毛城領事館

紅毛城を後にし淡水駅へ戻る途中、黄金の女神様に遭遇した。とても気さくな女神様で、道の向こうからおいでおいでをして誘ってくる。

嗚呼女神様
嗚呼女神様

淡水からの帰り、お約束で士林夜市へ寄ったのは言うまでもない。

士林夜市
士林夜市

台北植物園

植物園の池から国立歴史博物館を望む
植物園の池から国立歴史博物館を望む


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上の写真はだいたいこの位置だ。

みにらぢゃないもんの希望で台北植物園に行くことにした。夏休みの自由研究の題材なのだそうだ。

場所は、台湾総統府や中正記念公園の近くだ。その前についでだからと、中正記念公園に寄った。

中正紀念堂
中正紀念堂

中正のおっさん
中正のおっさん

中正というのは共産党との戦いに敗れ、中華民国政府を引き連れて、日本のいなくなった台湾にやってきた蒋介石のことだ。記念公園にはワシントン.D.Cのリンカーン像と同じポーズをした巨大な像が鎮座ましましていらっしゃる。この像のある建物の地下、というか台座部分は実は博物館になっている。常設の蒋介石関連の展示品、5月から8月は羅馬帝國特展ということで彫像や貨幣、さまざまな器物が展示されていた。

昼食後、念願の植物園へ。ここにも国立歴史博物館というのがあり、そこへ入ってしまったために植物園自体は半分くらいしかまわらなかった。冒頭のパノラマに映っている建物が歴史博物館だ。

常設かどうかわからないが、商の時代の銅器コレクション、廖洪標という陶芸家の塑像展。これは海洋堂もびっくりの異常にリアルな造形による陶器の彫像だ。色彩といい、皮膚の質感といい、恐るべきものだ。

断食する仏陀
断食する仏陀

さて、肝心の植物園だが、回った範囲では立木、潅木などが多かった。ちょうど小石川植物園を散策路にしたような感じだ。想像していた温室に咲きみだれる熱帯植物とは違った。よく考えればここは亜熱帯なので、温室など作ろうものなら植物も、観客も熱にやられてしまうことだろう。

ところで、この実はなんなのだろうか。ソフトボールよりもひとまわり大きな、薄緑色の丸い実が何個もなっていたのだが。どことなく芭樂(グァバ)に似ているのだが、大きすぎる。

この実なんの実?
この実なんの実?

お約束の九份

IMG_1786お約束で九份老街へ行ってきた。

基隆の海を望む
基隆の海を望む
ご存知のとおり、「非情城市」という映画の舞台となり、「千と千尋の神隠し」の街並みのモデルになったと称されている、古い街並みだ。かつての金鉱のそば、山の斜面にごちゃごちゃと商店がひしめいている。このカオスな雰囲気はいかにも台湾だ。ときどきある臭豆腐の店もいかにも台湾でたまらない。

ちょっとほおばりたい(はぁと
ちょっとほおばりたい(はぁと
有名なお土産が売られていた。台湾バナナといっしょに頬張ってみたいかもしれない。写真を見て気づいたが、士林夜市が本店(?)のようだ。今回は買わなかったが、夜市にいくだろうから、買ってみようっと。おそらく人形焼の仲間だろうけれど。

老街
老街
ちょいと脇道
ちょいと脇道
金鉱のあった金爪石
金鉱のあった金爪石。ちなみにおうちからも見える。
夕日
夕日
あ、貴方は!?
あ、貴方は!? 帰りにのぞいたインテリアショップの店頭でなぜか出迎えてくれたカーネル。

ACER本社

IMG_4192現在は台北市内に本社を移しているみたいだが、昔は汐止火車站の一つ手前、汐科火車站のところにACERの本社ビルがそびえていた。このビルには他の企業もテナントとして入っていて、一時期在籍していた会社も同じところだった。今はカナダの会社に買収されてしまったが。

おうちの窓から見えるのがそのビルだ。これで汐止火車站までの距離感がわかることだろう。歩いて行きたくない距離だ。

意外と涼しい台湾

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航空会社のマイレージが溜まりに溜まっている。以前は有効期限が切られていなかったが、航空会社が合併されて、2年間利用がなければ期限切れになってしまう。その期限があと数カ月に迫っていた。そこで一家総出でどこかに出かけようということになったのだが、お金が無いので快獣使いの実家に泊めてもらうことにした。最近引っ越して、部屋数が十分あるそうだ。

行ってみるとそこは台北市内ではなく、隣の汐止市新北市汐止区だった。ACERの本社がここにある。東京で言えば奥多摩あたりか、とにかく山の中だ。しかし山の中のくせにところどころに集落ができている。築年数はそこそこ古いが、かつてはなんとか台分譲住宅として地区ごとに開発したのだろう。

標高300メートル程度だと思うが、それだけ登ればかなり過ごしやすい。クーラーなしで十分過ごせる。なるほど台湾人がこぞって山奥に居を構えたがるはずだ。

車がなければ、1時間に3本ほどのバスが唯一の足だ。にもかかわらず自転車にがどんどん登ってくる。もちろんそれなりの格好をしたサイクリストたちだが。そういえば台湾は世界有数の自転車製造国だったはずだ。

特定しますた

昨日のデータセンター火災の続きだが、これまで秘密とされていたデータセンターの位置をどうやら特定した。

情報は【リアル炎上】GMOクラウドのデータセンターが火事、通信トラブルが発生というまとめが詳しかった。

ここに載っている写真と、台北市内湖区陽光街という住所をもとにGoogleMapsでみると、このビルがそれのようだ。

http://www.ithome.com.tw/itadm/article.php?c=78937
http://www.ithome.com.tw/itadm/article.php?c=78937

ストリートビューでふり返ると、隣にAcerが入っているが、なんだかここのAcerには行ったことがあるような気がしてならない。地下にそこそこ大きなPCショップが入っていたはずだ。

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この台湾の新聞によると、ここは中華電信関連の企業がここを運用しているが、使われていない地下2階の駐車場に設置したUPSルームから出火、消防車11台、救急車4台が出動する騒ぎとなり、二酸化炭素消火器による影響等で4名負傷ということだ。顧客にはYahoo!奇摩、オンラインゲームなどがあり、さらにIP電話網も影響を受け、マクドナルドの宅配ができなくなった…のはどうでもいいが。

うちの上海オフィスは、グレートファイアウォールに閉ざされた中の国のネットワークではなく、台湾までVPNを引いて利用している。これも影響を受けてしまい、インターネットが使えなくなってしまったそうだ。

ちょうど24時間ほどたった本日12時ころに、ようやく復旧した。

半年ほどまえに、大阪のファーストサーバがミスでレンタルサーバの中身を飛ばしてしまったという事件があった。実はこの会社とはしばらく一緒に仕事をしたことがある。そして、今回のGMOはサーバを借りている。なにかに祟られているのだろうか。さくらインターネットにもサーバを借りているが、ここも逝ったりしたら、もう間違いがない。お祓いをしてもらわなくては。